日本経済史 経済学

概説日本経済史試験対策ノート5 近代産業の発達 ①軽工業

投稿日:2019年5月5日 更新日:

概説日本経済史 三和良一 の試験対策ノートです。

近代産業の発達

日本経済史 の勉強にどうぞ

 

 

近代産業の発達



日本の産業革命

 

企業勃興

 

・松方財政課のデフレ期に

・物価は定価で安定

・低い賃金の労働力確保

・低い利子率

・国際的な銀貨下落による輸出拡大

⇒「企業勃興」期が訪れる

 

・なかでも、紡績業と鉄道業が著しかった

 

1890年恐慌

 

・1890年ごろ金利上昇による株価暴落

・当時は株式会社が多かった。設立時は少額だったが、追加払い込み資金の調達は容易ではなかった

 

・追加払い込みのための資金需要が増加した

・これに対して資金供給力が不足していたため、金利高騰の中で株式バブルが崩壊した

 

・金利高騰は米穀の凶作にも促進された。

・1889年は例年の30%減収穫だった

→米価の高騰

→ ①米穀への投機が進む、②輸入米超過を招く

過剰生産状態

 

・さらに、アメリカのシャーマン購銀法制定(1890)により、銀貨高騰・世界恐慌は日本からの輸出を減退させ1890年恐慌にさらなる打撃を与えた

 

日本の産業革命

 

・日本の産業革命は、試行錯誤ではなく最先端技術の導入による、後進国型の産業革命

 

・日本の産業革命のとらえ方には色々あるので以下の条件が産業革命を確立した条件と考える

綿工業における機械製工業の発達は自給的衣料生産を解体させて農民を商品経済に巻き込んだ

②諸産業における機械施工業の創設と維持に必要な機械・装置類エネルギー(石炭)の供給確保
→軍備としても必要不可欠であった

軍需工業の確立

 

・上記をもって日本の産業革命の確立ととらえる

・1900年代後半の日露戦争後ととらえる

 

綿業

近代紡績産業の導入

・近代機械紡績業が順調に進まなかった理由

・輸入綿布の影響

 

・模範工場も経営不振に陥る

①規模が小さかった

②水車を動力源としたが、日本河川の水量の変動が大きい

③綿作地でのすりょく利用可能地を立地にしたため、労働力調達・製品販売面に大きな不利

④機械操作の技術者不足

⑤資金調達力が弱かった

 

近代紡績業の確立

 

・1883年の大阪紡績会社は成功する

①世界でも通用する規模

②蒸気機関使用によって安定操業

③立地が製品市場・労働市場に隣接

④イギリスで技術習得した技術者を配し

⑤華族など強力な資金調達した

⑥昼夜連続操業により資本回転率を高めた

⑦中国からの輸入綿花の使用でコストを抑えた

 

・大阪紡績会社の成功により大規模紡績工場の設立ブームとなる

 

紡績業の輸出産業化

 

・1890年代 中国市場向け綿糸輸出はインド糸との競争に勝てず伸び悩んだ

綿糸輸出税が廃止・綿糸輸入税もやや遅れて廃止

→これにより輸出量が拡大した

 

・輸出競争力の源泉

①精紡機について早くからミュール機をリング機に変えていた

②賃金の安い若年女子労働者を使用した(リング機採用で女性でも可能になった)

③日本独特の深夜業を実施(女子労働者を寄宿舎に済ませて昼夜2交代制で酷使したこと)

④外国綿花を独自の混綿技術を開発したこと

⑤国際的な銀価格の下落により、金本位国の綿製品の価格を釣り上げた

絹業

 

近代的製紙技術の導入

・絹業もはじめは幸先よくない

 

・蚕種(蚕の卵)の品質悪化により日本生糸の国際評価が悪かった

・生産資金供給不足により設備がいまいちだった

 

・フランス/イタリアなどから技術導入し制市場を開始する

 

器械製糸の発達

 

・機械とは言え、索緒や接緒、繋糸などは人の手を介していたため不完全だった

・そのため、逆に小規模な工場が向いていた

 

・原料は低価格で国内仕入れ

・労働力は安い女子労働者

→国際競争力は強かった

 

輸出製糸業の確立

 

・はじめはヨーロッパ(フランス)向けの輸出が多かった

・1870年代からアメリカ絹織物業が成長し始めるとアメリカ中心になる(輸出の50%以上)

・1890年代は輸出が伸び悩むが、普通糸から優等糸中心に変更することで切り抜け1900年代にはさらに成長する

 

製糸金融の補助

・製糸業の確立には製糸金融があった

・繭を担保に借りれたり、輸出金融など

 

 

 

-日本経済史, 経済学

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