日本経済史 経済学

概説日本経済史試験対策ノート10 昭和恐慌

投稿日:2019年5月10日 更新日:

概説日本経済史 三和良一 の試験対策ノートです。

1920年代の日本経済史

昭和恐慌 の勉強にどうぞ

 

 

昭和恐慌



 

参考までに

 

 

 

金融恐慌

金本位制の機能

・日本経済史以前に、金本位制についてまず触れる

 

①金本位制は為替を安定させる機能がある

・中央銀行は基準(当時の日本では1円0.75g)で交換する責任がある

・貿易などの国際決済は外国為替が用いられる

例)円安になった時に金はドルに換えた方が得になる→ドルが買われてドルが安くなる

 

②自動調整作用

・輸入超過により金流出するとデフレになり、輸入が減る→収支が安定する

 

・金本位制の下では、国際収支がちょうせいされるが一方で国内均衡を犠牲にすることがある

・好景気の際にデフレ機能が作用する

・第一次世界大戦後の国際金本位制の再建は、国際均衡重視の姿勢の表れであり、ワシントン体制の示す国際協調主義とマッチしていた

 

 

金解禁への努力

 

・1919年アメリカが金本位制に移行してから金解禁が議論されるが、中国進出の資金に必要なために実施しなかった

・1920年恐慌以降、国際収支回復には金解禁が必要と再度高まり

・1925年イギリスが金本位制に移行し、国際的圧力も高まる

・1929年日本金本位制に移行

 

震災手形処理問題

 

・1923年 関東大震災

・震災被害者が債務者である手形を日本銀行が再割引し、取り立てを猶予した

・しかし震災手形の大口債務者は投機的経営に失敗した企業であり、大口債権者はこことの繋がり強かった台湾銀行・朝鮮銀行であった

→債務者の支払い能力は低く、不良債権が生まれた。これは財界の癌と呼ばれ続ける

→銀行から政府が肩代わりすることになった

 

金融恐慌

・震災手形に関する失言から金融恐慌が発生した

 

・各地で銀行休業や取付(預金の引き出しのために殺到すること)が発生

 

・若槻内閣は台湾銀行に救済措置を実施しようとするが枢密院に否決され内閣は倒れた

 

銀行の集中

 

・金融恐慌の結果、二流の銀行と弱小銀行の淘汰が進行する

・統廃合が進み、5大銀行に集中する(1930年で36.5%)

 

井上財政と金解禁

 

金解禁論争

 

・金融恐慌以降も、田中内閣は金解禁に消極的だったため円相場は一層下落

・また日本の金解禁を見越して投機的な売買も加わり相場変動が激しくなった

 

・貿易関連業から金解禁の声が大きくなる。遊休資産を抱えていた銀行もこれに同調

・一方で重化学工業などでは金解禁に反対の声

 

・新平価での金解禁が提案される

 

井上準之助の構想

 

・田中内閣はひそかに金解禁準備に着手する

・しかし、1928年張作霖爆殺事件の後処理で田中内閣は総辞職

 

・1929年 浜口内閣が成立する

・財政緊縮・金解禁・社会政策確立を方針に取り組む

・財政緊縮により消費節約を図り、為替相場を回復させて金解禁する方針を取る

 

緊縮政策と金解禁

 

・浜口内閣は予算緊縮を実施・横浜正金銀行から正貨の買取実施

・1929年 金輸出を解禁することを公布した ← 1929年 世界恐慌は日本に有利とみられた

 

・しかし次第に日本にも世界恐慌の波が訪れる

・一方で緊縮財政を続行した

 

井上財政期の経済政策

 

・1920年代 日本経済が国際収支悪化と利潤率低下という危機状態に積極財政と救済誘致により不良企業を残した

・井上財政は緊縮によりこれを是正したと評価できる

→企業に合理化を強制、低生産性起業の淘汰、国際競争力の向上、高水準の賃金を政策的に修正

→また、カルテル強化として重要産業統制法、労働組合法など資本家側・労働者側の両者に融和政策を提示した点も評価できる

 

昭和恐慌

 

世界恐慌

 

・1929年 10月24日 ニューヨーク株式市場の暴落

 

日本の恐慌

 

・金解禁した日本には痛烈な打撃

 

・日本では物価下落が急激で大幅であった

・一方鉱工業の縮小は小さい。これは日本が製品単価下落を販売量でカバーしようとする傾向(ダンピング輸出など)にあった、製品単価下落を生産費の引き下げである程度カバーできたから

 

諸産業の打撃

・製糸業が最も打撃を受ける

→アメリカの奢侈的需要の下落により生糸の価格が暴落した

・綿業ではインドの綿布輸入関税引き上げの影響が加わり縮小

・重化学業では輸入品価格の下落により競争力が脅かされ、各国のダンピング輸出により影響を受けた

 

農業恐慌と農村

 

・農村は製糸業の打撃により、深刻な影響

・さらに国内市場縮小による農産物価格の暴落で農村を恐慌が襲う

・また1930年は豊作だったので豊作飢饉が襲い、小作率が上昇する

 

・労働争議も多発した

 

・社会は不安定化した

 

-日本経済史, 経済学

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