日本経済史 経済学

概説日本経済史試験対策ノート16 高度成長の終焉

投稿日:2019年5月16日 更新日:

概説日本経済史 三和良一 の試験対策ノートです。

高度成長の終焉

日本経済史 の勉強にどうぞ

 

 

高度成長の終焉



 

高度成長の挫折

ドルショック

■ドルショックの背景

・共産主義に対抗するための対外援助

・朝鮮戦争・ベトナム戦争の戦費

⇒アメリカの経済優位揺らぐ、基軸通貨としての信頼が揺らぐ

 

・1971年 ドルと金交換停止

・スミソニアン協定で固定相場制を再建するが長続きしない

 

・固定相場制とGATTの自由貿易は世界中で都合の良いものだった

・日本は変動相場制とともに円高に振れたので輸出が厳しくなった

 

オイルショック

 

・1973年 第四次中東戦争

→OAPEC(アラブ石油輸出国機構)は石油戦略(アメリカへの禁輸、非友好国への輸出制限)

→第一次オイルショック

 

・1978年 イラン革命

→第二次オイルショック

 

技術革新の停滞

 

・エレクトロニクス・石油化学の技術革新も1960年代で停滞

・マイクロエレクトロニクス・バイオテクノロジーを待つこととなる



ジャパン・アズ・ナンバーワン

 

日本経済の相対的高成長

 

・1972年 田中角栄内閣:「日本列島改造論」→公共工事ブーム

→過剰流動性ブームとなり物価が高騰、「狂乱物価」が発生する

 

・1975年からは景気回復に向かい世界的に高い成長率を維持したあ

 

・この時期は輸出の成長が伸びた

 

・成長貢献度を要素別にみると

1970年代前半は民間消費と政府支出が大きな役割を果たし

1970年代後半は民間設備投資が大きくなる

 

■日本工業の国際競争力の要因

・製品品質の優秀さ

・マーケティング技術のきめ細かさ

・製品マージン

・輸出商社のマージンの低さ

・円安

製品コストの低さ → オイルショックから省資源化を進めていた

 

日本的経営 「会社主義」

 

・終身雇用制・年功序列型賃金体系は相対的に低い賃金でコストコントロールができた

 

日本的生産方式

 

・多品種少量生産方式

・JIT方式(在庫を極小化)

・ジョブローテーション

 

・日本の強烈な競争力は貿易摩擦を引き起こした

・1985年 日本の対外資産は世界第一位

・1980年 自動車生産台数世界第一位、鉄鋼生産量世界第二位

 

バブルの時代

 

プラザ合意と円高

 

・1985年 プラザ合意

 

・「前川リポート」:貿易摩擦を解消するには経済構造を輸出志向から内需主導・国際協調に転換しなくてはならない

・一方で、円高対策として公共歩合の引き下げ・公共事業投資の拡大を実施

 

バブル景気

 

・超低金利時代には前川リポートに近い内需志向の経済成長に近かった(1985~1991)

・さらに急激な円高を避けるために政府は円売りドル買いを実施しマネーサプライが拡大し続けた

 

・物価は安定していた:輸入価格の下落で物価の上昇は緩やかだった

・株価・地価は3倍程度上昇

 

・資産増加により個人消費を刺激

・コンビニや宅配便も成長

 

・バブルをもたらしたのは企業の影響が大きい

・各社は株式の時価発行、転換社債、ワラント債の発行によってエクイティ・ファイナンスと呼ばれる資金調達を盛んに行った

・さらに金融商品の多様化によって「財テク」が進んだ

・地価上昇を狙った「土地ころがし」も行われた

 

 

-日本経済史, 経済学

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