欧米経済史 経済学

西洋経済史 試験対策ノート7 ヨーロッパの外で

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西洋経済史 奥西孝至 の試験対策ノートです。

西洋経済史 の試験対策ノートです。

ヨーロッパの外で

 




以下の教材をまとめています。

 

 

試験直前などには使えるかと。

 

ヨーロッパの外で

 

ヨーロッパを中心とするグローバル経済

 

環大西洋経済圏の形成

割愛

 

イギリスの国際貿易と大西洋市場

 

イギリス大西洋覇権に対する反論

 

・イギリスが環大西洋の覇権を握ったという定説には否定されるわけではないが、2つの方向から批判がある

①一国史的説明の限界:国という概念が現在とは異なる。国による経済への介入は弱かった。密貿易は大規模かつ安定的に行われていた。

②大西洋世界の商業ネットワークの複雑さとそれに参加する諸集団の多様性。海は誰にでも開かれており、イギリス商人だけが利益を得たのではなく、被支配者集団も独自に発展するなど一国支配のもとで理解できるものではない。

 

イギリスの貿易動向(1621~1784)

 

・1660年代から1770年代にかけて輸出額・輸入額ならびに再輸出額は持続的に成長した。

・18世紀に入り再輸出の規模と公益活動に占める割合が急増した→仲介貿易と加工貿易の増加

・イギリスの交易相手国を見ると、18世紀まで輸出相手の80%はヨーロッパ。18世紀半ばから新大陸が急増し50%近くを占めた

・輸出品目は一貫して手工業製品。ただし、毛織物から亜麻布、金物が増える。綿製品はこの後の期間。

・輸入品目の変化からイギリスの立ち位置の変化がわかる。すなわち、17世紀は亜麻が輸入中心。しかし、18世紀には砂糖、煙草などの割合が増える。輸入先もヨーロッパから新大陸やインドに変化する。
 



 

 

最初のグローバリゼーション:交通・輸送革命

 

蒸気機関の発達

 

・輸送コストの劇的な低下

・1869年 スエズ運河開通 → ヨーロッパ・インド間の航路が半分になった

・1825年に登場した蒸気機関車は1830年代にアメリカや他のヨーロッパ、1850年代には中近東や欧米、1870年代には日本をはじめ東アジアに普及した。

 

第二次産業革命

 

・割愛 交通手段の革新や通信手段の革新

 

自由貿易の進展

 

・19世紀後半から関税の自由化が進展した(イギリス穀物法廃止など)

・これにより世界的規模での価格差の縮小が促進された

 

・国際金融システムの形成によって、国際的な資本移動も活発化した

 

最初のグローバリゼーション:移民の世紀

 

・工業化は大規模な労働力を必要とした

・19世紀には大量の移民が大西洋に渡っている

・はじめ(1820年)はイギリス・アイルランド・ドイツから移民流出が始まったが、次第(1850年以降)にイタリア・南欧、その後(1880年以降)は東欧・ロシアからの移民も増加

 

・ヨーロッパ内部でも大量の人口移動があった。

・イタリアからフランス、スイス、ドイツへの越境移民が増加。

・ドイツへの農業労働者・炭田労働者も増加

 

・食糧輸入が増加し、農業生産の利益が減ると都市の吸引力は増した

 

グローバリゼーションの帰結

 

実質賃金・所得の収斂

 

・西欧内部では所得が収斂した。しかし、所得格差が生じた。

 

国際分業の進展

 

・商品の輸送コストが低下し、西欧や北米における工業化が起きた。 → 世界的に一次産品の価格が上昇 → 一次産品輸出国の交易条件改善 → 一次産品輸出国のせいさんとっかを促す → 非工業化の定着

 

グローバリゼーションの評価

 

・割愛

 

・一元的な評価はさけるべき
 



 

 

アメリカとヨーロッパの補完関係

 

アメリカにおける南北

 

13植民地の多様性

 

・南部:単一の農作物に特化したものカルチュアと奴隷制。タバコ・小麦をヨーロッパに輸出

・中部:自営農業で米や小麦、藍などを西インド諸島に輸出

・北部:自給的な性格の強い自営農業。特に目立った輸出品はなし

 

 

 

・北部で工業化が進むと、自国産業保護を主張する北部と輸出促進したい南部で意見の対立が決定的になる

 

アメリカの工業化

 

・イギリスの政策で当初は工業化を抑えられていた

 

・1790年 アメリカ初の水力紡績工場の完成

・1814年 アメリカ初の力織機工場完成 織布までを自動化

 

工業化の進展

 

・ニューイングランドの工業化追い風となったのは、1807年の出港禁止法、および、1812年米英戦争

 

・1807年 出港禁止法:英仏への輸出禁止。当時英仏の対立でアメリカ商船が襲撃を受けたり、イギリスにより強制徴兵があったため
→実際には、英仏への影響より国内のマイナスが大きかった。しかし、米英の関係は悪化。

 

・1812年 米英戦争

 

・また拡大する西部の領土も新たな市場として追い風となった。

 

アメリカの領土拡大

・1803年 フランスからルイジアナ購入

・1819年 フロリダ

・1840年代 オレゴン、ユタ、ニューメキシコ、カリフォルニアを獲得

 

南北戦争の勃発と戦後復興

 

南北戦争の勃発

 

・ミズーリが州に昇格するときに、自由州と奴隷州のバランスが崩れるため、ミズーリ協定が結ばれる

・ミズーリ協定(1821年):ミズーリ以北ルイジアナでは奴隷州を認めない、メイン州を自由州として追加

 

・しかし、その後関係は悪化

 

・1854年 カンザス・ネブラスカ法:両州が以北ルイジアナにもかかわらず奴隷州として昇格させるか住民投票

・これに激怒した北部州は共和党を結成。リンカーンが大統領

 

・南部7州(サウスカロライナ、ジョージア、フロリダ、アラバマ、ミシシッピ、ルイジアナ、テキサス)は連邦を脱退。

・北部23州VS南部7州の構図が出来上がる
 



 

 

南北戦争の経済的影響

 

・短期的:人的・物的損失

・長期的:北部の勝利により、工業化推進。また、南部が脱退中に北部に有利な法案を可決。例:保護主義的関税、西部の公有地の払下げ(ホームステッド法:自由農民を増やす狙い)、太平洋鉄道法(1862年)

 

ビッグビジネスの萌芽:鉄道会社

 

近代企業の誕生

 

割愛

 

近代的経営組織

 

・ペンシルベニア鉄道では株主から取締役会を形成した。

 

・鉄道組織もトップマネジメント(本社)ーミドルマネジメント(総管区)ーロウアーマネジメント(管区)と階層化

 

・鉄道会社の経営で最も大切なことは、初期においては資金調達。建設後は既存設備をどれだけ効率的に使用するか

→従来の財務部門・運輸部門に加えて、営業部門が設置された。また州政府との調整のために、スタッフ部門が設置された

 

アメリカとヨーロッパの関係:J.P.モルガンと資本市場

 

・アメリカは資本市場が未成熟で、工場の資金調達に苦労していた。1913年 連邦準備制度が成立するまで中央銀行もなかった

 

・J.P.モルガンは投資銀行として資金需要をヨーロッパの資金供給と結びつけた

・当初の目的はアメリカの証券をロンドンで売却することだった

 

・アメリカ資本市場は、イギリスをはじめとするヨーロッパ市場と結びつき、ヨーロッパ資金がアメリカに流入していった

 

 

 

-欧米経済史, 経済学

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