欧米経済史 経済学

西洋経済史 試験対策ノート9 第二次世界大戦後のヨーロッパ

投稿日:2019年6月10日 更新日:

西洋経済史 奥西孝至 の試験対策ノートです。

西洋経済史 の試験対策ノートです。

第二次世界大戦後のヨーロッパ

 




以下の教材をまとめています。

 

 

試験直前などには使えるかと。

 

第二次世界大戦後のヨーロッパ

 

戦後国際経済の枠組みと冷戦

 

戦後国際経済の枠組み:IMF、世界銀行、GATT

 

・マディソンによると20世紀は4つの時代に分けられる

①第一次世界大戦までの世界的な成長と活発な貿易時代

②第一次大戦から1950年にかけての戦争と恐慌

③1950年代・60年代の高い経済成長の黄金時代

④1970年代以降ドル危機・石油危機に始まる低成長の時代

 

加えて、⑤として1990年代以降の高成長とグローバリゼーションの時代を考えてもよいだろう

 

・1930年代の反省を踏まえて、懲罰的な制裁を行わず貿易の拡大が世界経済秩序の目的に置かれた

 

・1944年 ブレトンウッズ会議

・ケインズ案:新国際通貨「バン=コール」を創設し金のような基軸通貨とする案

・ホワイト案:アメリカドルを基軸通貨として認めさせる

・結果的にはホワイト案が採用されIMFが設立される

 

・貿易の基軸はGATTが担った

・関税の大幅一括引き下げを実施したケネディラウンド(1964年)、様々な非関税障壁を撤廃した東京ラウンド(1973)、農業・サービス・知的財産を対象としたウルグアイラウンドなどが繰り返された
 



 

 

冷戦とヨーロッパの分断、マーシャル・プラン

 

・ヨーロッパは戦後も復興が進まなかった → ドル不足が要因

・復興のための輸入に必要な外貨=ドルが不足しており、経済復興の妨げとなっていた

 

マーシャル=プランによる援助が始まる(1947年)

・当初は東欧も対象としていたが、冷戦が明確化しだすと西ヨーロッパ16ヶ国に限定された

 

・ソ連圏ではコメコン(1949)が設立

・西側はNATOを設立(1949)

 

・マーシャル=プランはヨーロッパの貿易赤字全額に相当する130億ドルを”贈与”し、ドル不足を緩和し、ヨーロッパ市場を創出した

 

・アメリカは経済協力局(ECA)を置き、ヨーロッパ側は欧州経済協力機構(OEEC)を設立し資金の効率配分を行った

・OEECは1949年貿易自由化規約を設けてヨーロッパ域内の貿易関税障壁の緩和・撤廃をスタートさせた

・また、ヨーロッパ決済同盟(EPU)を設立した。主要国の通貨交換性が回復する1958年まで重要な役割を果たした。

・ヨーロッパ統合の前段階にはこのようにアメリカの欧州復興計画があったことに注目すべき

 

経済成長の時代 西ヨーロッパ

 

経済成長と経営・技術の革新、キャッチアップ

 

・戦後西ヨーロッパは急速に発展する。大衆消費社会が定着する

 

・アメリカに大きく遅れたヨーロッパはキャッチアップを始める。技術にとどまらず、企業経営手法なども。

 

・植民地は1960年代に独立し、先進国同士の水平的貿易関係が緊密になった

 

・1960年にはヨーロッパ経済協力隊(EEC)、ヨーロッパ自由貿易連合(EFTA)を結成した
 



 

 

混合経済と計画化

 

・国内総生産に対する政府支出は30~50%と高い。

・1947年 イギリスではアトリー内閣が電力・ガス・鉄鋼・運輸の国有化

・フランスは石炭・電力・ガスなどを国有化

 

・1947年 モネ=プラン:物資、資金の配分が定められ、基幹部門と指定された石炭・鉄鋼など6産業部門に対する斜陽的配分が行われた

→目標設定型の計画に徐々に内容が変化する

→自動車・鉄鋼・エネルギーなど大規模な分野では成功したが、繊維産業・小売業など自己資金に依存する分野では経済計画の効果は限定的だった

 

労働者の経営参加と福祉国家

 

・西ドイツ 1951年 共同決定法により石炭・鉄鋼業で1000人以上要する企業は監査役会に労働者の代表の参加が必須となった → 76年にはほかの業種でも施行される

 

・イギリス 1942年 「ゆりかごから墓場まで」: 家族手当法(1945)、国民健康保険法(1946)、国民扶助法(1947)

 

経済成長の時代 東ヨーロッパ 社会主義化と経済改革

 

東ヨーロッパの社会主義化

 

・東ヨーロッパも社会主義のもとで経済成長を達成する

・戦間期までは東ヨーロッパは農業国であり、1人当たりGDPも西欧の40%程度だった

 

・農業ではソ連よりも緩慢な集団化が進む

・ブルガリアでは1952年に耕地の過半が集団化(コルホーズ)される

 

・工業でもソ連モデルで国有化が進む

・計画経済の下で資本財生産が優先され、消費財の生産には遅れが見られた

 

・社会主義国の成長は生産性の向上ではなく、生産要素投入量増加によるところが大きかった

 

1960年代の改革 コメコン

 

・1956年 フルシチョフによるスターリン批判 → 1956年 ポーランド・ハンガリーでの民主化運動

・農業不振に悩むソ連では、1950年機械トラクターステーションの解体を含む改革

 

・社会主義各国でも生産性向上の取り組みが見られ、競争主義を取り入れるなどの動きがみられた

→これがそのまま政治運動に繋がり1968年のプラハの春、1970年グダンスク造船所の連帯運動に繋がった

 

・1949年 コメコンが設立され各国の経済計画の調整が行われた
 



 

 

ドル危機と石油危機

 

ブレトンウッズ体制の崩壊と変動相場制

 

・1971年 ドル危機

・1973年、1978年の石油危機

 

■ドル危機の背景

・アメリカはドル流出に備え、利子平衡税を取るなどの対策をしたが効果はなく、1971年ニクソン大統領による、ドルと金の兌換停止宣言

背景①:戦後間もないアメリカの圧倒的優位が、ヨーロッパ・日本の成長で相対的に失われた

背景②:ヨーロッパ・アジア・ラテンアメリカの米国系多国籍企業は進出先で活発な企業活動を行う一方、利潤を米国に還流せず、ドルの拡散を進めていた

背景③:60年代のベトナム戦争、福祉関連支出など膨大なドルの出費

 

・ニクソン声明以降、固定相場制は終焉し、ブレトンウッズ体制が崩壊した

・為替リスクヘッジから、為替先物市場を利用が進む

 

石油危機

 

・1973年 第4次中東戦争でアラブ産油国は石油戦略を発表

・世界石油市場は、エクソン、モービル、シェルなどの国際石油企業による寡占体制にあったが、石油メジャーは共同採掘企業を通して、中東原油の採掘権を独占していた。

 

・1960年 OPEC 石油輸出国機構を結成 発言力が強まっていた

 

・1978年 イラン・イスラム革命

 

・石油危機はスタグフレーション、コストインフレをもたらした

 

冷戦の終結とグローバル競争

 

グローバリゼーションと新自由主義

 

・石油価格は1986年に暴落し、その後乱高下が続いた

・為替の乱高下も激しい

 

・1987年 「暗黒の月曜日」:1929年恐慌の暴落率を超える

 

・社会主義国が相次いで崩壊した

 

 

 

 

 

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