日本経済史 経済学

19世紀日本の 農業と都市不動産業

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日本経済史の分野別深堀です。

 

今日は 農業と都市不動産業 について。

 

参考文献はこちら

日本経済の歴史3 近代1 19世紀後半から第一次世界大戦前(1913)

岩波書店

 

 

農業と都市不動産業

 

工業化期の日本農業

 

食料の需給と生産性の動向

 

食糧需給の動向

 

・1890年代から1910年で人口は3600万人から4900万人に34%上昇

・米食が増えたことで、需要量は83%増差題している

・米生産は70%上昇したが、総需要には追い付いていない

・不足している分は植民地からの輸入で賄っていた

・日本の土地は限られているため、国内だけで需要を克服するには限界があった
 



 

 

養蚕の拡大

 

・一般に養蚕は農家副業として営まれており、現金収入は農家の生計向上・安定化に貢献した

・春蚕は死滅のリスクが少なく人気だったが、稲作の時期と被るのが問題だった

・夏秋はリスクが高かったが、様々な技術革新で爆発的な人気となった

 

農地と地主小作関係

 

・日本では小作人が、比較的強い小作権と完全な残余請求権を持っていた

小作権:農地の借り手である小作人が継続して借地を耕作し続ける権利

残余請求権:農地から得られた収益から費用などを差し引いた利益を得る権利

 

地租改正と近代的土地所有権の確立

 

・残余請求権は江戸時代から幕府に認めさせていた。年貢の残余は農民のもの

 

・1872年 田畑永代売買禁止令の解禁

・1873年 地租改正

 

地主制の拡大

 

・松方デフレにより農作物の物価が下落した。農民の所得は急速に低下し、所有地を手放す農民が多数生じた。

 

・地主は、零細地主、不在地主、在村地主の3種の重層構造により成立した

零細地主:村内の貸し借りなどで発生したもの。利益を求めるわけではないが、数は圧倒的に多い

不在地主:村を越えた土地取引が可能になったことで、拡大した。ビジネスとしての資本投下のため村人の村ルールと対立することがあった。大正期になると、農地改良や小作人保護に消極的で利回りの見求めるため、”弊”として問題化(農林省)

在村地主:徳望のあるリーダー。

 

地主小作関係の特徴

 

・1898年 明治民法では民法上、地主有利の法体系が敷かれた。しかし、村の慣行は民法を上回ることができたため実質的には小作人に比較的強い残余請求権が残された。

 

・村の慣行の特徴

①小作期間の長期性:継続小作が一般的で、地主事情で土地を取り上げる際も代わりの土地を用意することが当然だった

②減免付き定量小作料:小作は残余請求権を持つため、強い誘因となっていた。しかし凶作時にはリスクがあるため、その際は減免された

③村社会が地主小作関係の調整機能をもった:小作料はある程度共有され、横暴なものは村が是認しなかった

 
 



 

農地への投資

 

・明治維新以後、民間では自発的に区画整理や用水の工事が行われた。担い手は地主や商人

・1899年 耕地整理法:区画・農道整備から始まり、灌漑・開墾、耕地面積拡大へと重点が変わっていった。この背景には年々輸移入米の拡大という国家自立上由々しき事態があった。

・日本勧業銀行は上記を支援した

 

・地主にとって農地開発の誘因はなんだったのか? … 残余請求権は小作人に行くのに?Why?

→地主は増収効果回収するため、耕地整理後に小作料を増徴した

・地主の土地投資は経済合理性があったといえる

・小作料増徴の利回りが9%程度、勧銀の貸し付け利子が7%程度。株式や国債が5%程度であることを考えると、有利ではないが不利でもない。

 

・小作人は当然残余請求権があるため誘因は大きい

 

農業技術採択と普及

 

生産力拡大の要請

 

・1897年以降 日本はコメの輸入国に転じた

・人口増加と一人当たりの消費量の上昇

・金本位制の視点からもコメの輸入で外貨を回すことは避けたかった

 

・この対策が、1896年日本勧業銀行法、農工銀行法、害虫駆除予防法、1899年北海道拓殖銀行法、農会法、耕地整理法など、1900年産業組合法など

 

明治中期までの農業技術の普及

 

・明治中期から大正期(1900年~1910年代くらい?)は米生産量の著しい伸びがある

・明治農法によるところが大きい:多収品種の導入、多肥、圃場の乾田化(灌漑排水の向上)が中心

 

明治後期以降の農業技術の普及

 

・明治後期以降は新技術普及を農会が担った

・農会:農民が自主的に組織する農業技術の普及と調査研究団体

 

割愛
 



 

 

農業技術の普及と小作人

 

・小作人は農業技術開発を主体的に決定した。残余請求権のおけげで誘因も強い

 

食料の流通

 

農産物市場の統合

 

・一般的に市場の統合とは、地域間価格がなくなり「一物一価」が成立する。ある地域の価格変化が他の地域にも波及し連動する。

・価格の連動では江戸時代からすでに米市場では高い連動性が見られた。

 

・近代では市場統合度を高める以下の革新が見られた

①地域間物流の改善:和船から汽船、鉄道という輸送手段の革新。全国流通へとシフト

②情報伝達手段の革新:電信

③遠隔地取引にかかる契約履行強制の改善:決済の問題と規格や標準化

 

米穀検査

 

・地租改正以降、品質の改善と規格の統一をはかった

・府県直轄の県営検査が導入される

・早期に標準化を果たした九州米は東北・北陸などを抑え1900年代後半には深川倉庫倉入の約6割を占めることとなる

 

日本伝統社会と農業発展

 

・近代日本農家は家制度により固定的だった

・その家は強い信頼関係を持っていた

・家の存続を最高の価値とする考えは、日本農民の勤勉な生産労働の支えとなった

 

・他のアジア地域は分割相続だったため、農業経営の不連続・断絶が起こり経営の零細化が進行する

・この日本の特徴は長く土地を開発するモチベーションに繋がる

 

都市の土地所有と不動産経営

 

明治期の都市における土地所有

 

・東京や京都は大名・公家の土地が政府に接収されたことで、明治では土地の売買が激しく大土地所有が容易だった

・一方、大阪は商人街ということで幕末からの変動は少なく、大地主が少ない

 

不動産経営の展開

 

・東京では東京防火令によって石造りや土蔵造りとなり屋根を不燃物としたことで、大規模火災が減少し、不動産ビジネスの発達に影響した。

 

・レンガ造りは地震が多いため普及しなかった

 

・都市周辺部では宅地化が進展した。

・また職住の分離が進んだ。大阪では工場の密集が少ない東部に住宅が密集した。

・この動きに阪神電鉄は素早く反応

 

-日本経済史, 経済学

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