欧米経済史 経済学

エレメンタル欧米経済史 中・近世2 近代世界の成立

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欧米経済史の入門です。

よくまとまっていたので整理のために入門編もノート取っていきます。

 

参考文献

エレメンタル欧米経済史 晃洋書房

 

なんか怪しさを感じる表紙ですが、たぶん大丈夫ですよね?

 

今日は 近代世界の成立 中心にまとめます

 

 

近代世界の成立 第7章~第11章まで

 

近代世界の成立と大航海時代

 

近代世界の成立

 

・ルネサンス、宗教革命など

・官僚による中央と地方の行政機構、および状便軍を備えた近代国家は絶対王政として成立する

 

大航海時代とイベロ・アメリカ植民地

・エンリケ航海王子のアフリカ進出、ポルトガルの伸長

 

・1540年代ボリビアのポトシ銀山の発見など銀生産が急増。ヨーロッパの銀価格を下落させた → 価格革命、メキシコ銀

 

エンコミエンダ制:スペインは征服した武将や開拓者に対して一定の領地を与え、効能と賦役労働を獲得させ、先住民の保護とキリスト教化を義務付けた。

アシエンダ制:しかし、各国な労働により先住民は激減し、大土地所有制度が発展。混血農民や債務奴隷を使役した

 

スペイン帝国の盛衰

 

・スペインは16世紀に中南米植民地を獲得し繁栄したが、相次ぐ戦争により消費し地位が下がった

・新大陸からの銀の流入により、人々が流入したが、スペイン経済全体の繁栄にはつながらなかった

 

アントウェルペンの繁栄

 

・前章で見た通り、ブリュージュの大市が衰退した後、アントウェルペンが中継都市として成長した

 

・主要な商品としては①フランドルの毛織物、②ポルトガル(東洋産)香辛料、③イタリア産絹織物、④バルト海の穀物、⑤フランス・ドイツのワイン、⑥スペイン・イングランドの羊毛

 

・1585年ネーデルラント独立戦争の中でアントウェルペンは陥落し、繁栄は終わった

・これによりオランダは繁栄したが、中心はアムステルダムに移る

 

ヨーロッパ大陸におけるプロト工業化

 

世界市場の拡大と農村工業の勃興

 

・ドイツでは16世紀半ば以降、ニュルンベルク商人の手により輸出向け麻織物の生産地となった

・こうした輸出産業はまず都市工業として発達した

・しかし、ギルド規制を避け、また安価な労働力を求めて農村工業に着目した。麻織物は高度な技術を必要としなかったため農村工業として成長した。

・こうした農村工業の展開をプロト工業化と呼ぶ

 

都市商人と生産者

 

・プロト工業化の結果、農村工業が成立し、家内工業が国際貿易の枠組みに組み込まれる

・一方、商人による支配を受けており、先に原料などを前貸しされ、製品を作る問屋制工業として発展した

 

農村工業と生産者の成立過程

 

農村サイドはなぜ商人の要求に応えて工業化で来たのか?

 

・土壌の肥沃度が低い地域で主に発展した

・牧畜は穀作よりも時間的余裕があった

 

・またこうした土地では分割して土地を相続するケースが多く、収入減を求めていた

・加えて土地(フーフェ)は一人の子供に相続させるのが基本で、それ以外の子は独身を貫くのが通常だった

 

プロト工業化と人口・家族

 

・農村工業により収入を得られるようになったことで、結婚・出産が可能となった

・これにより、人口が増加、工業社会における労働者層の準備がされた

 

・また、子供への労働力依存が強く、農民世帯に比べて同居する子供の数が多かった

・一方で、財産を持たなかったため子供が独立することに対する制裁手段を欠いていた




 

農村工業地域と商業的農業地域

 

割愛

 

工業化と工業化の挫折

 

・シュレージェン、フランドル、ブルターニュなど工業化に挫折した農村工業地域は少なくなかった

 

理由は何か

 

①プロト工業化を通じて商人が資本を蓄積し、経営上のノウハウを体得するか否か:買入制などは工業化が遅れた

②競争による地域的特化:農村工業地域が農村化に戻る例もあった

?結局理由があんまりよくわからんな?

 

16・17世紀のヨーロッパ経済

 

「拡張の16世紀」から「危機の17世紀」へ

 

・16世紀は成長の世紀

・ペスト収束、アントウェルペンの国際貿易、各地域内の商業発展

・10万人都市は、パリとイタリア各都市だけだったが、1600年にはロンドン、アムステルダム、セビーリャ、リスボン、アントウェルペンとなる

 

・しかし16世紀後半からは人口増加に食料生産が追い付かなくなった

・1570年代には地中海沿岸地域で人口が減少し始めた

・これにより、国際貿易は停滞、地中海貿易と金融業は衰退した

 

・一方、オランダは17世紀に最盛期を誇ることになる

 

16~18世紀のヨーロッパ農村社会

 

地中海地帯:ブドウ、オレンジ、オリーブ

スカンジナビア半島:林業・畜産

エルベ以東:穀物(ライムギ)

西北ヨーロッパ:農耕と畜産の混合

 

・人口増加によって、新たな農法の開発が進む。

例)ギリシャ・ローマ時代の農書の復刻と翻訳、農業協会設立、農業振興策、ノーフォーク農法など

 

・エルベ川の東西で新しい農業の進展度合いが違った

・それは、エルベ以東で農場領主制、以西で土地領主制が行われていたから

 

西ヨーロッパにおける土地領主制の変容

 

土地領主制:領主が土地支配権を形式上保持しながらも、農民に対する人身支配権と領地裁判権を失った状態

・領主は現物納を中心

・農民が実質的な所有権を確立する

 

・イギリスでは宗教改革の結果没収された土地の売買が活発し、富農はジェントリ―と呼ばれるようになる(ジェントリ勃興期)




 

東ヨーロッパにおける農場領主制の形成と展開

 

農場領主制:自分の領地を隷属農民の強制労働を用いて経営するシステム

・16世紀の農産物価格の向上により、東ヨーロッパ穀物需要が増えた。その結果、領主は農民に対する支配を強めた

 

イングランドの絶対王政・市民革命と重商主義

 

オランダ共和国の興亡

 

・1609年に北部七州は独立、ネーデルラント連邦共和国の成立

 

・オランダを支えたのはバルト海貿易・南欧貿易に加え、フランスとライン貿易

 

・さらに、1602年東インド会社を中心にアジア・アフリカへ進出した

・1630年には西インド会社を設立 ブラジル北東部の砂糖生産地帯を占領、奴隷貿易を独占

 

・17世紀オランダ工業は半製品を高度な技術によって加工して輸出する加工貿易工業だった

・毛織物の仕上げや精糖業、煙草加工業、石鹸製造業、ダイヤモンド研磨業など

・これらは中継貿易にあたるので、オランダの国際的地位が落ちると衰退した

 

・1609年 振替銀行が設立され、取引の決済が容易になった

・1611年 商品取引所には世界中から人が集まった

・アムステルダムがスペイン銀の中継市場として指定され、世界の貴金属取引の金融中心地になった

 

・オランダ衰退の要因

①バルト海方面の穀物取引の減少 … ジャガイモの普及などで穀物需要が減った

②イングランドとフランスが自国植民地からオランダ商人を追い出した

 

イングランド絶対王政から市民革命へ

 

・16世紀後半 アントウェルペンが衰退し始めると、輸入産品を国内で作ろうという動きが出る

・このような民間の動きとは別に、国王は先進的な鉱工業に独占権を与えた

 

・他方エリザベスは封建的な社会秩序を再建するための法律を制定




 

イングランド重商主義

 

・重商主義政策:一国の貿易差額の黒字拡大を目標として、国内産業の保護育成と海外市場の獲得を目指す政策

・毛織物工業保護のために、羊毛輸出禁止
・梳毛工業の脅威となっていたキャリコ(インド綿布)の輸入禁止
・毛織物のための海外市場を確保した

 

・農業については穀物輸入関税の引き上げ

 

・1694年 イングランド銀行の設立

 

北アメリカ植民地

 

・最も早く植民地建設したのはフランス・ケベック

・事業の中心は毛皮や木材、魚などの現地特産物の獲得

 

・オランダは西インド会社経由で経営し、毛皮などの中継貿易中心

・英蘭戦争後イギリスに奪われる

 

・イングランドは13植民地を要している

 

・北部:自作農を中心とした自給自足的な生活。社会的分業も進み毛織物工業や金属加工業を中心とした手工業も発展した

・南部:大土地制度と奴隷制大農場経営が発展。黒人奴隷を利用してタバコ・米・藍などが輸出

・中部:穀物輸出も盛んだったが、工業・商業が発展

 

フランス・ドイツの絶対主義と市民革命

 

フランス絶対王政と重商主義

 

・絶対王政とは資本主義的生産関係の一定の展開を許容しつつも、封建制の枠内で国内統一や対外発展を図る体制

 

・フランスはコルベールのもと重商主義政策がとられた

 

・18世紀フランスは通貨安定を経て、農業・工業・貿易いずれも拡大基調

・1774年 重農主義者テュルゴーをにより、改革を図ったが失敗

 

ドイツ領邦絶対主義と領邦重商主義

 

・30年戦争によりドイツ経済は悲惨だった

・領主による重商主義が展開した

①人口政策:30年戦争で失われていたため、結婚・出生の奨励、農業・工業の振興のために人口増加は必要とされた。また移住を奨励し、ナントの勅令後のユグノーを受け入れた事例もある。これにより工業が発展した。

②農業政策:1.灌漑・開拓、2.荒廃地や干拓などに補助金給付し入植者増加、3.領主支配に一定の歯止めをかける

③商工業政策:ツンフトの規制緩和

フランス革命

 

・英仏通商により、イギリス製品の流入により失業者多数

 

・フランス革命の課題

①営業の自由導入:東西インド会社の解体、営業税法により営業税を支払う限り自由が認められた

②封建的土地所有の廃棄:封建的土地所有は廃止され、私的所有権が確立された

 

・一方でフランス革命の結果、小経営が残存し、資本主義的発展に対する制約となった

 

ドイツにおける上からの改革

 

・農民解放:プロイセンでは農場領主が展開する、農奴解放が行われた。しかし、農民には厳しい制度でユンカー制度へ変わった

・営業の自由の導入:プロイセンではツンフトの廃止が実施

・1848、1849革命:ツンフトの解散などに反対して、市民革命が起こった。

 

-欧米経済史, 経済学

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