日本経済史 経済学

戦間期の農業と土地所有

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日本経済史の分野別深堀です。

今日は 戦間期の農業と土地所有 について。

 

参考資料はこちら

日本経済の歴史4 近代2 第一次世界大戦期から日中戦争前(1914~1936)

岩波書店




 

戦間期の農業と土地所有

 

日本農業と農村問題

 

食料需給と食糧増産政策

食料需給と生産性の動向

 

・1910年から40年にかけて、人口は45%増加した

・米の時給は1890年代からすでに困難になっていた

 

・以下のように米のシェアが減り、養蚕・麦の生産が増えた

・加えて、雑穀や豆などもシェアを落としている

1910 1940
46% 40%
養蚕 12% 14%
9% 11%

 

・稲作以外の複合部門の拡大はすでに第一次世界大戦以前から見られた

 

・食糧供給のうちは若干拡大しているが、需要増には全く見合わない

 

食料増産政策

 

・米の不足は結局は植民地からの移入で賄われた

・例えば、台湾は1910年から1939年までにコメの生産量を倍増させた

 

・台湾で実施された主な増産政策は4つ

①灌漑排水施設への投資 … 耕作地拡大、二期作が可能に

②品種改良 … 従来のインディカ種からジャポニカ種へ変更。現地での栽培方法確立

③不正種子・肥料対策 … 不良品が出回りやすいため、公的な流通ルートを整備

④米穀検査 … 全国的に統一により品質向上をもたらした

 

・飢餓輸出であったとはいえない。様々な指標は植民地下に悪化していない

 

農村問題

 

・日露戦争後は農家の生計・所得の安定化が社会問題化した

・農工間格差、農村・都市格差が広がり、相対的な貧困が発生したことがきっかけ

・1930年代には例外の影響により、豊凶の変動が激しくなった

 

農業問題と小作争議・土地制度

 

離村問題の登場:工業部門の成長は著しく、米価格が想定的に低下。米穀自給率の低下に直面し農業政策をにわかに積極化させる

 

小作争議の展開:小作側が小作料の減額を求める小作料減免争議と、地主の小作地引き上げの土地争議があった。

・小作料減免争議には自然災害などを原因にした生活防衛的な争議と、農工間格差による機会費用争議があった
・特に、機会費用争議:「農業所得に比べて農外賃金が有利であること」、「小作農が離農しないこと」の2つの発生条件があった

小作立法の動き:日本の小作人は村の慣習により強い残余請求権を持っていたため、立法を求めていなかった。しかし、小作争議に対応して政府が立法を始めた。結果として小作法は成立しなかったが、小作調停法が成立した。これにより75%以上が調停により解決する。




 

農工間所得格差と労働移動

 

・農業を離脱し工業へ移る動きは鈍かった(十分でなかった)

・農家戸数は減っていない(新規増もあるため、離脱がなかったわけではない)

・農業人口は減っている

 

・この要因は様々な説明があるが、移動費用ではないか。移動費用には直接的なもののほか、家名や村の関係なども含む

 

昭和恐慌と経済再生運動

 

・1930年は農家にとって苦難の時期

・1930年 金本位制復帰により、生糸と繭の価格は暴落した

・加えて米価格の低下と、大凶作によって農業経営は悪化っした

 

・経済更生運動が進んだ

・毎年一定数の町村を更生村に指定し、更生計画の樹立と実行を支援した

・特徴は3つ。①参加型、②住民の手による現状と課題の見える化、③合理的な制度設計と組織・インセンティブ構造

 

農業の生計向上と安定化

 

リスク要因

 

・農家の収入は収穫量よりも価格に左右されやすい。特に米価の影響

 

凶作・災害への影響

 

・近代日本の扶助は、①親族など、②隣保扶助など地域、③政府の補助 の順だった

 

地主制のリスク分散機能

 

・小作料は米納だったため、価格変動は地主がリスクを負っていた

・地主が生活資金や肥料購入などの生産資金を、信用が不十分な小作人に貸し付ける行為は地主小作関係の特徴として注目すべきもの

 

農業金融

 

・農業金融は日本勧業銀行などフォーマルなものとは別に、定額・短期・無担保・高金利のインフォーマルなものが存在した

 

無尽・頼母子講:資金余裕のないものが、高金利で早く落札し、余裕のあるものはそれを回収できる。小売だが手続きなどがないことと、富裕層は利率がいいため浸透した。しかし、監視がないと落札者が返済するモチベーションがなくなるため保証人が必要など。

 

農村信用組合:信用組合は農民を対象とすることで、地主対象の勧業銀行などとすみ分けていた。村内の余剰資金を資金不足の村内農民に貸し付けるという、村内資金循環の特徴があった。日本の信用組合は小地域での設立、低い役員報酬、配当の制限などの特徴があった

 

政策対応

 

・手っ取り早い農家の支援は、米価支持だった

・移入米の制限、関税、出荷調整によって行われた

・1933年 米穀統制法により最低価格による無制限買上制を導入した

 

農地と生産性

 

中規模経営層の台頭

 

・戦間期は「中農標準化」が進行した。つまり家族労働力が最大限効果を発揮する面積程度が経営効率が最もよかった

 

農地貸借の広がり

 

・中農標準化は土地の売買ではなく貸借によって成立した

・農家の7割が自小作または小作として農地を借り入れていた

 

農地貸借と生産性

 

・自作と小作で生産意欲減退は起きなかった。これは小作に残余請求権があったためと考えられる




 

都市の土地所有と不動産経営

 

都市計画法と借地法・借家法の制定

 

・1919年 都市計画法:住居地域、商業地域、工業地域を区別

・1921年 借地法・借家法:借地人・借家人の権利が強まった。貸借権が20年から30年に延びた。この効果は大きく、借地の新規供給は減少し、借地権価格が発生し。借家経営が盛んになった。

 

東京市における土地所有の変化と賃貸価格

 

・旧大名や財閥の所有は相変わらず大きいが、関東大震災の復興により東京市の所有が増加した

・戦間期に華族は相続理由などから土地解放を行った

 

宅地開発

 

・1910年前後から都心の過密化と電気鉄道により郊外開発が進んだ

・一方で家族の宅地解放などに大阪が先に進んだ

 

・土地の開発は土地会社や鉄道会社により進められた

 

オフィスビルの開発

 

・1910年以降オフィスビルが誕生した

・オフィスビルには自社利用のみと専業貸ビルのみと兼業貸ビルがあるが、大阪では兼業が、東京では専業が多かった

 

工業用地の開発

 

・工業用地は設定されたが、誘導手段は十分ではなかった

 

 

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