欧米経済史 経済学

エレメンタル欧米経済史 近代2 第一次世界大戦前の欧米

投稿日:2019年7月16日 更新日:

欧米経済史の入門です。

よくまとまっていたので整理のために入門編もノート取っていきます。

 

参考文献

エレメンタル欧米経済史 晃洋書房

 

なんか怪しさを感じる表紙ですが、たぶん大丈夫ですよね?

 

今日は 第一次世界大戦前の欧米 中心にまとめます



第一次世界大戦前の欧米 第18章~第22章まで

 

パックス・ブリタニカの時代

 

自由主義経済政策の展開

 

・1815年のナポレオン戦争終結から1914年第一次世界大戦までヨーロッパでは大規模な戦争がなかった。この期間イギリスが覇権を握ったのでパックス・ブリタニカと称される

 

・1830年代以降 選挙法改正や工場法など自由主義経済の体系を進めた

・これにより、1830年代・1840年代のイギリスは不安定だった

 

・産業資本の基盤強化のため政策体系と自由貿易主義の政策体系からなっていた

産業資本強化のための政策

①改正救貧法:救貧院の外での手当は廃止された、労働者に転嫁させようとした

②工場法制定:児童労働が制限、全従業員の労働時間が10時間以下に設定

③ピール銀行法:通貨の発行主体をイングランド銀行に限定し、金本位制を確立した

④株式会社法統合法:すべての産業部門において有限責任会社を自由設立可能とした

 

自由貿易主義政策

・1846年 穀物法廃止:多くの関税引き下げの中の一部に過ぎない。1860年代には工業製品と材料などかなりの部分が引き下げられた

 

ヴィクトリア繁栄期のイギリス経済

 

・1851年 第一回万国博覧会

 

・1850年から1870までイギリスの綿工業は生産量を2倍にし、輸出額は3倍になった

・しかし、新しい技術革新は起こらなかった

・また企業の規模が巨大化するよりは多数の中小企業が乱立する状態が続いた

 

・製鉄業も20年間に生産量が3倍に膨らんだ

・こちらも大企業ではなく、中小規模の企業が乱立した

・ベッセマー転炉製鉄法やジーメンス=マルタン平炉製鋼法などが発明された

 

・1830年代イギリスでは毛織物工業や食品工業を始め多くの工業部門で機械化が進行した

・交通革命も大きく貢献した

・鉄道は世界各国の産業革命の中心となったが、そこにはイギリス技術が投下された

 

イギリスを中心とする世界市場の構造

 

・綿貿易の輸出先は19世紀を通じて大きく変化する

・1820年には欧米向けが68%だったが、8%まで縮小。代わりにアジアが6%から58%にまで増加

 

・イギリスの貿易収支は19世紀を通じて赤字だった

・しかしそれは海運・海上保険・倉庫・商業手形割引などにより相殺され黒字化した

 

自由貿易帝国主義

 

・イギリスはリカードの比較生産費説を背景に自由貿易を国際的に進めた

・アヘン戦争など武力行使もあった

・インドでは茶・アヘン・ジュート麻などのプランテーション経営を行った



第二次産業革命の時代

 

グローバル経済の展開

 

・1870年代には欧米諸国で産業革命が終了し、19世紀末からはイタリア・ロシア・日本・カナダなどに展開した

 

19世紀末の大不況

 

・グローバル経済の確立は大不況の原因ともなった

・1873年の恐慌以降資本主義諸国は1896年の回復まで長期の不況に苦しんだ

 

・大不況の原因は長期にわたる物価と利子率の低下にあった。この要因としては

①穀物の世界的規模での過剰生産、特にアメリカ西部やカナダ西部に広大な穀倉地域が形成された

②工業製品の世界的な過剰生産

 

・最も深刻だったのは、後発資本主義国に市場を奪われた、イギリスの工業部門だった。

 

第二次産業革命

 

・1870年ごろから第一次世界大戦頃までに欧米で科学的知識が蓄積され、それに基づく製造業・輸送・情報手段が発達しただけでなく、電機・精油などの新産業が飛躍的に発展した

 

・スチール(鋼)の生産

・転炉法・反射炉による大量生産を成功

・またトマス法によりヨーロッパ大陸のミネット鉱の利用が可能となった

 

・化学製品

・イギリスで漂白剤のためにソーダ灰製造が事業化されていた

・しかし、第二次産業革命以後は、アメリカ・ドイツでより活発に行われた

・1870年頃爆薬と合成染料なども発明された

・1910年代にはさらなる発展を遂げる

・ハーバー=ボッシュ法におけるアンモニア合成。これにより化学肥料の生成
・さらにガラス、合成皮革、合成塗料、フィルム材料、プラスティックなどが生成された

 

・電気も前進し、第二次産業革命では実用化する

・白熱灯の発明、蓄音機、電話、電気掃除機など
・さらに電力は動力源となり、またアルミ電解法など化学にも応用された

 

・1863年以降 石油精製業がアメリカ合衆国を中心にスタートした

 

・機械工業もアメリカ式が大躍進を遂げる

 

資本主義の変容

 

・第二次産業革命が進行したドイツ・アメリカでは大企業が進展した

・化学工業や精油業が装置産業
・鉄鋼業や機械工業も技術革新による大量生産
・電気関連業では発電・送電・電気機械生産などを垂直統合した方がメリットが大きい

 

世紀転換期のイギリス経済

 

世界の工場から金利生活者国家へ

 

・イギリスの工業的優位が19世紀末には失われていた

・それは企業化による設備投資がアメリカ・ドイツに比べ控えめだったからといわれる

 

なぜか

 

①「後発の有利・先発の不利」:遅れてスタートした方がキャッチ・アップのため政府が科学技術研究に積極的だった。また技術教育をイギリスが軽視した

②イギリスの家族経営:家族企業やパートナー企業は事業拡大において大企業になりにくかった

 

・しかし、イギリスは貿易と金融の圧倒的な強さによりGDPは2位を保ち続けた

 

労働運動の展開

 

・ヴィクトリア繁栄期には労働運動も盛んになった

・1871年 労働組合法成立 ピケが認められた

 

・1870年からの不況によって社会主義思想が復活した

・女工や不熟練者たちと合流しストライキなどで雇用者の譲歩を引き出した



イギリス社会帝国主義

 

・ボーア戦争によって身体虚弱な製線が明らかになると、愛国心を持つ強壮な帝国臣民を育成することが求められた

 

・一方、1903年 チェンバレンは関税改革と帝国特恵計画という新しい政策を提案

・イギリス帝国内では自由貿易を維持しつつ、これらの外の地域では保護貿易政策へと転換した

・しかし、実現には至らなかった

 

新自由主義の社会改革

 

・自由競争を基礎としつつ、自由競争のスタートラインに立てなくなったものへの救済をおくべき

リベラル・リフォームと呼ばれた

・1908年:炭鉱夫8時間労働日報、老齢年金法
・1909年:職業紹介所設置法
・1911年:国民健康保険法(健康保険法と失業保険法)

 

・これらの予算はロイド・ジョージによって、「人民予算」から捻出された

・人民予算:所得税率の引き上げ、相続税の倍増、新たな土地課税の設置

 

・しかしこれらの政策は社会運動を促進し、労働運動の過熱、婦人参政権運動の広まり、アイルランド問題の再燃という問題が起きた

 

 

世紀転換期のフランス・ドイツ

 

大不況と保護主義の復活

 

ドイツ

・ドイツでは1871年に成立したドイツ帝国において自由貿易を望むユンカー層の声が大きかった

・1879年 大不況の影響で鉄鋼業における保護関税が復活した

・1891年 交通革命によってアメリカやロシアから穀物が流入するため、穀物関税も復活した

 

フランス

・フランスでも同様

・1860年に英仏協商で自由貿易をしていたが、1870年の普仏戦争でアルザス・ロレーヌを奪われ打撃を受けたが、戦後ブームで大不況の発現が遅れた

・そのため1880年代ではなお自由貿易基調だった

・しかし、不況が深刻になると1885年と1887年に農産物関税がかけられ

・これらの動きに工業部門も合流して1892年 メリーヌ関税法が成立した

 

独占的大企業の成立

 

・保護主義は国内での独占的大企業の成立を促した

・ドイツ・アメリカではこの過程が大きく発展した

 

・ドイツでは石炭鉄鋼業で強く表れた

・これによりイギリスを追い抜くまでになった

・関連して結びつきが強かった銀行業も独占体制が成立した

 

・フランスでも資本の集中が進展した

・フランスはアルザス・ロレーヌを失い鉄鋼業が危機にあったが、トマス法の開発により鉄鋼業は乗り切った

 

 

中小企業の発展

 

・フランスは産業革命期以来、イギリスに次ぐ機械工業国であり、パリを中心に発展した

・自動車工業の発展によりパリは機械工業へと入っていけた

 

利益団体の設立

 

・カルテルなどと同時に政治的組織も形成された

・1876年 ドイツ工業化中央連盟を結成し、1879年保護関税同盟に大きな影響を与えた

・1893年には農業者同盟が成立

・この傾向はドイツの方が顕著だった

 

第一次世界大戦勃発の経済的背景

 

・ドイツは19世紀末から重化学工業を急激に伸ばしたが、国内需要はそれに追いついていなかった

・そのため海外進出を選んだが、イギリス・フランスに先行され、経済的意義は小さかった

・それにより、三国協商国の植民地などを奪うという手段に出た。イギリスの世界市場の中に、ドイツの部分的領域を描こうとした

・ドイツの3B政策:ベルリン・ビザンティウム・バグダッドを鉄道で結ぶ計画、はイギリスの3C政策:カイロ・ケープタウン・カルカッタを鉄道で結ぶ政策、と対立した

 

・ドイツ国内としては、ユンカー層が支配階層にあり労働者に対して専制的にふるまった

・加えて1878年には社会主義者鎮圧法が公布された

・融和策としては1883年疾病保険、1884年労災保険、1889年老齢保険が先駆的に導入された



世紀転換期のアメリカ経済

 

産業構造の変化

 

・商品生産に占める農産物と工業製品の割合は1869年と1899年で完全に逆転した

・1910年には機械工業は世界一位、鉄・鉄鋼業では4位と成長した

・他方、農業・食料品・綿工業・繊維製品の伸びが低い

 

・19世紀後半のアメリカ工業発展の特徴

①諸外国と比べても工業生産の伸びが著しかった

②新技術を採用する新企業が登場する一方、製粉や毛織物など旧産業が後退したこと:冷凍輸送車両、官密封装置、長距離パイプライン、ベッセマー製鋼法、アルミ電解精錬法、タイプライターなど

③鉄道会社が株式会社組織を製造企業に普及さsdる契機になった

 

企業の集積・集中と反独占政策

 

・企業統合は紳士協定または、カルテルに相当する、プール(pooling)から始まった

・紳士協定は裏切りもあったので、多くの産業でトラストが実現した

 

・トラストや持ち株会社を利用した結合は2つの局面に進展した

①同一産業部門内の水平的結合

②垂直的統合

 

・これらに反対する声が上がり、シカゴ精肉独占の規制を求める運動はシャーマン反トラスト法の成立に結びついた

・このため合併がブームとなる

・また、クレイトン反トラスト法でシャーマン法のあいまいな部分を明確化した

 

農民・労働運動と都市化

 

・グリーン・バックス運動:正貨兌換再開による物価引き下げに抵抗して、同紙幣の恒久的発行を認めさせた

 

・末端労働者は主に移民

・1890年代を境にアイルランド・ドイツから変わって、中・東・南欧からの移民が増加

 

貿易・国際収支構造の変化と金融制度改革

 

・アメリカは工業化は進んだが、世界経済に占める貿易割合は大きな変化がなかった。これは国内市場が豊かだったことを反映している。

・南北戦争前は後進農業国型の貿易だったが、南北戦争後「先進国型」になったのではなく、独自の構造へと移行した

・つまり、西欧諸国とは「後進農業国型」、アメリカ大陸・アジアとは「先進工業国型」をとった

 

・アメリカの通貨政策が19世紀後半を通して動揺したことや、第一次世界大戦まで中央銀行制度を欠いたことは、短期資本の国際移動は激しかった。

・農民はグリーンバックス正貨の支払い再開に激しく反発し、マッキンレー関税と引き換えに銀通貨の増発を勝ち取った

・すなわち、1878年のブランド=アリソン法、1890年にシャーマン銀買い上げ法が制定され、ドルの銀通貨が増発された

・しかし、1893年恐慌により金兌換維持に疑念を深めた投資家により、一斉にアメリカから資金を引き揚げグリーンバックス紙幣の金準備は危機的水準に落ち込んだ

 

・このあと1900年金本位制を制定した

・これによりおイギリスを軸として国際金本位制の黄金時代を迎えた

 

・アメリカの中央銀行は第一次世界大戦

-欧米経済史, 経済学

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