大学院受験 日本経済史 経済学

定期試験から大学院受験まで使える 日本経済史の問題と解答(戦後)

投稿日:2019年9月11日 更新日:

大学院受験用の過去問って少ないですよね。

内部進学ならいいんですが、なかなかアウトプットがなくて知識の定着が難しいと思います。

 

特に日本経済史少なくて困っているかと思いましたので、

日本経済史の問題と解答 を 作ってみました。

 

日本経済史の定期試験から大学院受験まで使えると思います。

 

今回は 日本経済史の問題と解答(戦後) です。

長くなりすぎたので3回に分けました。

 

大学院受験の過去問で参考にした大学は京大、阪大、北海道大学、横浜国立大学 です。かき集めました(笑)

 

解答は、聞かれていなくても、できるだけ

[背景] → [内容] → [結果]

の流れで作っています。

 

解答は参考にしてください。あくまで自己責任でどうぞ。

 

あまり読みやすさを重視した文章にはなっていません。

 

間違っていたら、指摘してもらえると嬉しいです。

後半問題が雑だって?知らなーい(笑)

 



 

日本経済史の問題と解答(戦後)

 

戦後・占領下日本

 

問題1 ドッジ・ライン

 

1945年終戦後の日本では、傾斜生産方式による経済復興が進められ、復興金融金庫がそれを金融面で支えた。他方で、戦後インフレーションは1949年に至るまで、終息しなかった。傾斜生産方式、復興金融金庫、およびインフレーションを最終的に収束させた政策について詳しく説明しなさい。(横浜国立大学 2017)

 

解答

 

[背景]
戦後日本は戦争により低下してしまった民間生産力を回復する必要があったが、そのために輸入できる資源には制限があり効率的に運用する必要があった。一方で、戦時統制下に発生していた需給バランスの崩壊や物資不足、戦争の引き揚げ、GHQの統治により悪性のインフレーションが発生しこれに対処することも直近の課題であった。インフレーションの原因は主に赤字国債に依存した戦費調達と消費財生産の落ち込みにある。

 

[内容・結果]
生産力回復のために、まず基幹産業である石炭・鉄鋼部門に重点的に資源配分する方針として、石炭小委員会を組織した。そして、日本が得ることのできる重油などの資源を鉄鋼部門に集中的に投入し、それにより生産した製品を石炭部門へ集中的に投入する。それにより産出した石炭を、再び鉄鋼部門に集中的に鉄鋼部門に提供する。これを繰り返すことにより基幹産業の回復を図った。この政策を財政面から支えたのが復興金融金庫である。政府予算を財源として、石炭・鉄鋼部門へ優先的に低金利資金を投入することによって、主幹産業の活性化を図った。傾斜生産方式と復興金融金庫による政策は成功し、石炭・鉄鋼部門の生産力は回復に向かった。
しかし、復興金融金庫は政府予算からの捻出が次第に困難になり、財源を公債発行に頼ることとなる。これは復金インフレと呼ばれ、既に発生していたインフレーションを加速させる結果となってしまった。
これらのインフレーションに対応するために、政府は1946年、新紙幣の発行、預金引き出しの制限や賃金上限決定、などの対応をしたが効果は得られなかった。GHQからは経済安定9原則が提示され、速やかなインフレ終息が求められた。そしてドッジ・ラインと呼ばれる政策が実行されインフレは終息へと向かう。その内容は、均衡財政の達成、そして単一為替レートの導入であった。その内容は、①総需要の抑制、②単一為替レートの導入、③政府貯蓄と対日援助で民間投資を拡大させることであった。総需要の抑制は、緊縮財政によって達成され、歳入面では徴税強化や郵便料金値上げなど、また、歳出面では公共事業などの縮小がされた。加えて、復金債の発行禁止により復金インフレを抑えた。この緊縮財政により、物価は安定したがドッジ不況と呼ばれる不況を招くこととなった。

ポイント:①石炭・鉄鋼に配分、②復興金融金庫

 

問題2 戦後インフレ

 

1945年の終戦から1949年にかけて、日本経済は戦前期の200倍という激しいインフレーションに襲われました。この激しいインフレーションへの諸対策とインフレーションの終息過程について説明してください。(横浜国立大学 )

 

解答

 

[背景]
第二次世界大戦中に戦費調達のために赤字公債を乱発し、また軍需に特化した消費財などを犠牲にしていたため、貨幣と物資のアンバランスが発生していた。戦時中は経済統制を行ったが戦後はハイパーインフレーションをもたらした。これに加えて、植民地や戦地からの引き揚げ、GHQ進駐による緊急調達などによりインフレーションは深刻化した。
また、復興のための傾斜生産方式とそれを支えた復興金融金庫が発行する公債により復金インフレが発生した。

 

[内容]
政府はこれに対応するために、金融緊急措置令により新紙幣の発行、預金引き出し制限、賃金の支給制限などで貨幣量の調整を行ったが、効果はなかった。GHQはインフレーション対策の意味も込めて戦時補償の打ち切りを実施した。しかし、これもインフレーションを終息することはできなかった。
インフレーションの終息は1949年以降のドッジ・ラインと呼ばれる政策により解決した。経済安定9原則に基づき実施されたこの政策には大きく三つあり、一つは緊縮財政による総需要の抑制である。ドッジにより歳出を減少し、逆に歳入を増やすために郵便や運賃を値上げした。また復興金融金庫による公債発行を禁止した。二つ目は市場メカニズムの回復である。これは単一為替レートの設定や貿易の補助金廃止などで実現された。これにより貿易を安定させ企業の合理化を促進させた。最後に民間部門への投資である。緊縮財政により達成した歳入超過分を政府債務の償還にあて、加えて対日援助物資の対価相当分を民間投資に向けることで生産を拡大した。

 

[影響]
これにより、経済は着実に安定したが、強烈な不況を招くこととなった。

ポイント:①金融緊急措置令、②ドッジライン



問題3 財閥解体

 

財閥解体の内容とその意義について述べよ

 

解答

 

[背景]
エドワーズ調査団による報告で日本の軍事化には財閥が協力していたという報告があった。そのためGHQは財閥解体を計画する。

[内容]
GHQは四大財閥に対して自主的な解体を要求した。三菱財閥は最後まで反対したが結局はそれに応じた。その他の財閥に対しても過度経済力集中排除法が制定され持株会社整理委員会を通じて企業の分割が行われた。これに加えて、独占禁止法も制定され財閥の出現を防止した。これらの政策より財閥は解体され、経済的従属関係は緩和された
また、公職追放により既に財界人も役員職を追われていたが、これは軍国主義者排除を主目的としていたため、財閥解体のために財閥同族支配力排除法が制定され人的支配が解体された

 

[意義]
家族・財閥本社による直接間接の統制力が排除され、系列企業が独立したことで、独自の資金調達・技術開発・販売活動といった企業本来の経営活動が回復した。これにより過当競争と呼ばれる激しい企業間競争を出現させる条件を整えた。この企業活動をリードしたのは、公職追放などの結果若返った経営者たちであった。
さらに、株式開放は証券の大衆化をもたらした。

 

ポイント:①四大財閥の自主的な解体、②持株会社整理委員会・過度経済力集中排除法・独占禁止法、③財閥同族支配力排除法

 

問題4 特需ブーム

 

特需ブームの意義と内容

 

解答

 

金額はそこまで多くないがドルで払われた価値が大きい

 

 

問題5 農地改革

 

農地改革の内容と意義について説明せよ

 

解答

 

戦前日本では地主制が継続していた。これを解体し自作農創出のために農地改革が二度にわたって実施された。農地改革では、不在地主の土地を国が強制的に安価で購入し実際に農業を行っていた小作人に払い下げた。また在村地主の所有地も1町歩以内と大きく制限された。一方で土地を獲得した農民は小作料負担がなくなることで所得が向上し、私的所有が確立したため農地改良のインセンティブが働いた。この個人所得の増加による個人消費の増加は後の高度経済成長での要因の一つとなった。また農業生産性も向上した。

 

ポイント:①不在地主ゼロ・在村地主一町歩、②金納、③地主制解体・自作農拡大によるインセンティブ



 

 

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