大学院受験 欧米経済史 経済学

定期試験から大学院受験まで使える 欧米経済史の問題と解答(産業革命期)

投稿日:2019年9月13日 更新日:

大学院受験用の過去問って少ないですよね。

内部進学ならいいんですが、なかなかアウトプットがなくて知識の定着が難しいと思います。

 

特に欧米経済史少なくて困っているかと思いましたので、

欧米経済史の問題と解答 を 作ってみました。

 

欧米経済史の定期試験から大学院受験まで使えると思います。

 



今回は 欧米経済史の問題と解答(産業革命期) です。

時代区分が難しいので、まあざっくりと考えてください。

正直こっちが近代だったなと反省してますが、めんどくさいのでそのまま

 

大学院受験の過去問で参考にした大学は京大、阪大、北海道大学、横浜国立大学 です。かき集めました(笑)

 

解答は、聞かれていなくても、できるだけ

[背景] → [内容] → [結果]

の流れで作っています。

 

解答は参考にしてください。あくまで自己責任でどうぞ。

 

あまり読みやすさを重視した文章にはなっていません。

 

間違っていたら、指摘してもらえると嬉しいです。

 

欧米経済史の問題と解答(産業革命期)

 

産業革命期

 

いきなり衰退から入ってます。すみません。順番は気にしない!

 

問題1 イギリスの衰退

 

イギリスは世界で最初に工業化したが、19世紀末にはイギリス産業は相対的に停滞し、イギリス経済の様子は変化する。そうした衰退の原因と、その後のイギリス経済の特徴を述べよ。 (横浜国立大学)

 

解答

 

[背景]
イギリスは18世紀前半世界の工場として国際貿易の中心に位置した。しかし、19世紀末の第二次産業革命の中でイギリスの地位は相対的に低下し、経済も停滞したといわれる。
[内容]
まず、イギリスは旧産業の綿工業などに固執したことがあげられる。このため、第二次産業革命期の化学工業や自動車工業への転換が遅れてしまった。また、旧産業においても設備投資は遅れたため国際競争力を低下させることとなった。
また、イギリスでは家族経営・小規模経営が継続した。第二次産業革命期の重工業では大量生産・大量流通を確立する必要があり、そのためには企業が大規模化する必要があったがそれらに対応できなかった。
さらに、第二次産業革命期には科学と技術が密接に関連するため、科学技術教育が重要度を増したが、イギリスではそれを軽視する風潮があり、国家的に有効な政策がなかった。
これに加え、ドイツ・アメリカでは猛烈な工業化が進展し生産力を激増させたため、相対的にイギリス経済は停滞した。
ただし、海運業や保険、金融業などは依然高い地位を保っており経済的地位は保ち続けた。
[結果]
この結果、イギリスは海外投資から得る収益が中心に変化していく。主に南北アメリカやオーストラリアなどの新開拓地に投資された。また、自治領や植民地、周辺従属経済地域を中心の貿易となる。また、金融都市ロンドンの発展により、投資などの事業が成長する。

ポイント:①家族経営・慎重な経営、旧産業への固執・設備投資の遅れ、②科学技術の軽視、金利国家への移行

 

参考動画

 

 

問題2 生活水準論争

 

イギリス産業革命期におけるいわゆる「生活水準論争」とはなにか。

 

解答

 

産業革命の結果、人々の生活水準は向上したのか、否かといった論争。良くなったとする楽観説と悪くなったという悲観説がある。
産業革命という言葉提起したトインビーなど、初期は悲観的な意見が多く田園生活を良しとすべきだという主張をした。悲観論にはマルクス主義的な考えが背景にあるケースもある。



一方でクラッパムなどは楽観主義に立ち長期的には格差も是正され生活水準は向上されたと主張した。
主なデータとしては実質賃金や身長、平均寿命などが論点となり、現在もなお議論が続いている。

==ここ以下はあまり重視しない==
悲観説ではホブズホーム。
・実質賃金は上昇したが一部の富裕層が引き上げただけで不適格とした。
・死亡率1810~1840まで上昇している。乳児死亡率も高い。
・失業者も多かった。
・一人当たり肉消費も減った。また、ジャガイモ消費が増え小麦消費が減っている。

楽観説のハートウェル。
・実質賃金は不変のまま、他の商品価格が下がっているので上昇している
・1840以降に生まれた人の平均寿命は延びた
・肉の消費量は減っていない。牛がでかくなって屠殺数が減っただけ
・ジャガイモは野菜の多様性のように消費量が増えただけ
・産業革命が悲惨と受け止められている理由は? → 産業革命以前の労働を過小評価している。また、「昔はよかった」説

その他
悲観説派:女性・子供が働くのでそもそも論外。生活水準は低下している → 産業革命以前も長時間労働はある(農業など)

==ここまで==

 

参考動画

 

問題3 政府の役割

 

イギリス、フランス、ドイツ、アメリカの各産業革命について、その時期、国家の果たした役割や主導部門の相違などを中心にしてごく簡潔に論述せよ

 

解答

 

イギリス:綿工業を中心に展開。国家は議会が王権に対して優位であったことが、私的所有権や知的財産権を保護した。東インド会社や西インド会社を保護したが次第に自由主義に転換する。武力を使って市場を展開する帝国主義政策を率先して展開した。
フランス:緩慢な工業化を進めたフランスは、第二帝政期に鉄道建設を国が主導したことにより重工業が発展した。また、科学技術教育に注力し、エポール・ポリテクニクなどの公共の教育機関が科学技術の向上に貢献した。
ドイツ:主権国家としての結合が弱く領邦主導による工業化から進展した。ドイツ関税同盟を経て、ドイツ帝国成立後は国家主導による産業革命が加速し、鉄道業の果たした役割が大きかった。鉄道業の下方連関効果により製鉄業・石炭業が急速に発達しイギリスに迫る工業国として成長した。
アメリカ:南北戦争により、北部が勝利するとイギリスからの工業製品を抑え国内産業成長のために保護貿易主義をとった。アメリカのリーディング・セクターも鉄道であり広大な国土での鉄道業が工業化を進めた。19世紀半ばには大陸横断鉄道も開通した。アメリカでは金融における国家の役割は小さく、中央銀行も未成熟だったため、J.P.モルガンなどの民間企業がヨーロッパからの資本を集めることで進展した。

正直走り書きレベル。じっくり考えていないので注意。

 

問題4 各国の工業化のパターン

 

ベルギー、フランス、ドイツ、アメリカにおける工業化のパターンを互いに比較しなさい

 

解答

 

ベルギー:ヨーロッパ大陸で最も早く工業化が始まった。ベルギーでも綿工業から工業化が進むが、転機となるのはナポレオンによる大陸封鎖令。これにより一時的にイギリスの綿製品輸入が断絶。綿製品への輸入が高まりベルギーが成長した。フランス併合後フランス市場に綿製品を供給することで成長した。その後オランダに併合され、インドネシアでの独占的綿綿製品供給が可能となったがフランス市場の代替とはならなかった。重工業も成長し、ドイツと並んで世界シェアを大きく獲得することとなる。ベルギーでは鉄道が最初に導入される。産業投資銀行が早期に設立されたことが特徴であり、ソシエテ・ジェネラルなど鉄道投資により産業革命に貢献した。

フランス:フランスの工業化は緩慢で長期に及んだ。度重なる政治動乱で工業化進展は遅れたが、イギリスの技術を輸入し綿工業から機械化が始まる。第二帝政期に鉄道の建設が計画を契機に重工業の成長が進んだ。19世紀半ばに発明された、ベッセマー法、ジーメンス=マルタン法、トマス法などの製鋼法が積極的に導入された。鉄道の完成により石炭輸送コストも低下した。金融調達は投資銀行が行った。
また科学技術の教育にも注力し、エポール・ポリテクニクを設立し、エリート育成を図った。しかし、イギリスや後発国のドイツ・アメリカなどと比べて工業化は進まず、生産性格差も広がった。また、加工部門が工業化されることが少なく、高級品に注力し差別化していたため、機械ではなく熟練労働者による製品が中心であった。

ドイツ:ドイツでは国民国家の形成が遅れ、各領邦が個別に工業化を図った。イギリス工業製品の圧力から、ドイツ関税同盟を形成し域内関税を排除した。さらにドイツ帝国が成立すると国家の役割は大きかった。ドイツの工業化の中心は鉄道事業であった。後方連関効果が発生し、製鉄業・石炭業が発展した。鉄道もはじめはイギリスからの輸入に依存していたが、19世紀後半にはほぼ100%国内生産を達成した。ここから機械工業も大きく成長した。また、ポリテクニクムなどを設置し科学技術研究へ注力し、化学産業、電気関連産業をはじめとして重工業が成長した。世界貿易でも重工業品で首位を獲得しイギリスへのキャッチ・アップを達成した。



アメリカ:イギリス統治下では工業化は抑制されていたが、独立後北部は工業化を進め英米戦争の結果輸入代替が起こり工業化は本格化する。ウォルサム型工場が普及し綿紡績から織布まで一貫して行った。加えて西部に拡大する領土や移民の存在により、労働力の提供市場の拡大は続いた。しかし、イギリス工業製品の競争力は強く保護貿易を求める北部と、綿花輸出により利益を得ていたため自由貿易を主張した南部が対立により南北戦争が発生した。北部勝利により工業化路線をとることとなったアメリカは鉄道業が大きな役割を果たした。広大な土地を管理するには大企業化するしかなく、経営管理手法も発展した。資金調達は民間投資銀行が担った。

 

離陸~成熟
(ロストウ説)
特徴 代表産業 政府の役割 金融機関
イギリス 1780~1850 最初の工業化
論点が広すぎるので割愛
綿製品、製鉄業など 小さい
ドイツと対局に語られることが多い
商業銀行
(預金業務中心)
ベルギー 1820~1870 ①ヨーロッパ大陸で1番早い、②綿工業から進展、③大国による併合で市場を獲得し保護貿易で成長、④産業投資銀行が早期に設立、⑤鉄道も一番早かった 繊維工業、鉄道、機械 フランス、オランダによる保護主義 投資銀行
(産業銀行)
フランス 1820~1910 ①緩慢な工業化、②イギリスから技術輸入し綿工業が一部地域で発展、③第二帝政期の鉄道建設、トマス法などの新技術による重工業成長、④投資銀行による投資、⑤高品質製品への特化、⑥科学技術研究投資 綿製品、高級品工業品、自動車工業 鉄道計画主導
ただ、そもそも緩慢
投資銀行
ドイツ 1850~1910 ①領邦による工業化、②関税同盟の形成、③重工業中心の成長、鉄道、④猛烈なキャッチアップ、⑤科学技術研究投資 鉄道、機械工業、化学工業、電気関連工業 ドイツ関税同盟
ただし、鉄道は民間中心
商業銀行と投資銀行の兼務
アメリカ 1850~1910 ①英米戦争による輸入代替、②南北戦争による保護貿易主義誕生、③拡大する西部市場、移民労働力、④鉄道、⑤大規模経営手法 綿製品、鉄道、化学工業、電気関連工業、自動車工業 鉄道建設という意味では小さい
ただし、南北戦争や英米戦争は切っても切れないので注意
投資銀行
(J.P.モルガン)

 

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